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あるという子の話

あるが家にきたのは、もう17年も前のこと。
すでにいの(わんこ)とぎんさん(にゃんこ)がいたぼくらの家。
ペット関連のものを買いにいったお店の一番大きなゲージにあるはいました。
やせこけたシェルティ。
大きいといっても立ってるだけで精一杯なゲージ。
「この子売れ残ってるんだな」
一目でわかるし、誰も買わないよな。。。そんなシェルティでした。
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気になって、休みの度に見に行くぼくら夫婦。
決定的だったのは誰が言ったのか、
「売れ残った子はライオンの餌にされるんだよ」
って言葉でした。
今ならばそれでもこの子がうちに来ることはなかったかもしれないけれど。
生命は誰かの生命をあがなって生きているのだし。
自営業にそんなお金はないのだし。
でも、その時ぼくら夫婦は
「ゲージから出してください」
とこの子を家に連れて帰りました。
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やせこけて、立つのがやっとのシェルティ。
帰りの車の中で、助手席のぼくの胸の上でぶるぶると震えている。そんな子でした。
ご飯をあげるとくるったように食べ。
いいかげん吐いちゃうだろとゲージに入れ、いのにご飯をあげていたらゲージの扉を破壊して出てくる。
そんな子でした。
大きくなるまでゲージにいたからなのか、散歩の仕方も知らず。いつもぼくの前を歩いてはけられていました。
ドックハウスにはじめて行った時には異様なテンションで跳ね回り、周囲のわんこと飼い主を見事に引かせてしまった子でした。
異様なテンションにおびえていたのか、とあるわんこの前に飛び跳ねて行って鼻をかまれてからは、いの以外のわんこが大嫌いになってしまった子でした。
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大雪が降った日に濡れたらかわいそう?だとうちの奥さんお手製のごみ袋カッパを着せて雪遊びをしていたら、いつの間にかいなくなって慌てて探し回り、出会った車に
「すみません、ごみ袋かぶった犬みなかったですか?」
って聞いたら
「あっち走ってたよ」
って言われて探しにいったら、楽しそうに駆けずり回っている。そんな子でした。
いのは器用な子で、おやつを投げてやるとちゃんと口でキャッチできたけど、あるはいつもにぶい子で投げた瞬間に「パク!」ってやった口を閉じた頭におやつがぶつかって、落ちたおやつをいのに食べられる。。。そんな子でした。
ある日、塩船観音寺の裏山に遊びに行って、誰もいないからリードはずして走らせていたら、すげぇ走り回る二人にこっそりぼくら夫婦が隠れてみていたら、いのはすぐに気が付いてぼくらをみつけたけれど、あるは楽しそうにぼくらの前を何度も駆けずり回って遠ざかっていく。。。そんな子でした。
ずっとゲージ育ちだったからなのか、愛情には人一倍敏感で、いつもうちの奥さんといの。うちの奥さんとぎんさんの間に割って入ろうとしている子でした。
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いのは先天性の心臓病を患っていて、いのが生きている時は、そして亡くなる直前はそんなあるなのに、のけ者にされてさみしかったのかもしれません。弱ったいのを噛んじゃったことがありました。
いのが亡くなってから間もなく、ぎんさんがおそらく脳腫瘍になってだんだんと弱っていって。だからぼくらもぎんさんにかかりきりになってしまって。
そんなぎんさんを噛もうとしてえらい怒られた。そんな子でした。
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二人が亡くなると、愛情独占状態になり、それはもう幸せそうなある。
ぼくは本当はネコ好きで、ネコ買いたいなぁって何度も思ったけれど、その度に奥さんに
「今もらってきちゃったら、その子をかわいがっちゃうからダメ。あるはずっと待ってたんだからあるをかわいがってあげよう」
って言われて、ぼくはしょんぼりしながらあるの頭をなでました。
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だんだんと年をとって、足が弱って来て階段を降りれなくなりました。
でも、上り下りしないと余計弱っちゃうからぼくはいつも
「ほら、がんばれ!」
って言っていたけど、甘え上手なあるは陰でこっそり奥さんにだっこしてもらって階段を上がり下りしていました。
顔も白髪で真っ白になってきた去年の11月。
産業祭っていう1年で1番忙しい時にあるは一度倒れました。
水しかのめなくなって寝たきりになったある。
義弟にもお願いして、うちの奥さんも時間をみては家まで戻ってあるの介護をしながら、激務を終えた後、ころって元気になってご飯を食べるようになった姿をみて
「絶対わざとだ!忙しくてかまってあげられなかったからだ!」
って夫婦でうなずきあっていました。
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それでもだんだんとやっぱり衰えていって、粗相も多くなってきて、食欲もなくなってきた時に、手を変え品を変え、うちのおくさんはあるが食べられるものを探してくれました。
「白菜煮たら食べたよ!」
「お肉煮たら食べたよ!」
「お肉焼いたらたべたよ!」
「チャオチュール好きみたい!」
「シフォン食べた!」
どんな食べ物もすごいがっついて食べた2日後には飽きてしまって、ぼくらを困らせて。
昔はぼくらの食事中は常に下で見張っていて、なにが落ちて来ても一口で食べちゃっていたのにって。
2月に入るとついに立てなくなり、寝たきりになったあるは同時にほとんど食事もとれなくなり。
「それも寿命だよ、長患いはかわいそうだから」
って言いながらなのに、少しでも栄養付けさせようとお水に牛乳をまぜたり、大きな注射買ってみたりしているぼくら夫婦がいました。
弱ってくると、寂しがり屋が頂点に達して、ぼくらが視界にいないだけで吠えまくり、寝る時も二交代で寝るようになりました。
それでも「ひんひん」鳴くのであるの添い寝の時はいつもあるをなでながらだから寝不足の日々。
急に吠えだすと、おしっこしちゃって気持ち悪いのか、おなかが痛いのか、のどが渇いてるのか、ただ甘えたいのかわからずにイロイロ試して、二交代で情報交換して
「こういうことか!」
って思うとさらに弱って新しい何かが始まる。そんな日々でした。
昨日、ぼくがイベントに出店している間に容体が悪化したそうで、一時危篤状態だったある。
ぼくが帰ってくる時に一度意識が戻ってくれました。
「ありがとうね」
って撫でたら、そのまま昏睡に入って、しばらくして、あるの心臓の鼓動は止まりました。
とてもとてもおだやかな顔をしていました。
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ペットが亡くなると「虹の橋を渡る」って言うけれど、うちの子は絶対に渡りません。
あるの思い出はぼくらが生きている限りはぼくらの心の中に。
そして、この子を構成していた物質は分解され、分子やら原子やらにまで還元されるのかわからないけれど、少しずつ、この自然界の中に散り、そしていつも偏在していく。そうやってどこかの生命を育み、そしてなにかになり続けていく。
ぼくはそう思っています。
朝、ヨーグルトを食べるといつもあるにあげていて、あげる相手がいないことに気が付きます。
歩くときにはいつも下を気にかけていたけど、その必要がなくなったことに気が付きます。
帰ってくる時には思い浮かべる相手がいなくなったことに。
そして、あの小さな身体がいなくなっただけなのに、とても広くなった部屋の中にいることを思います。
とても、おばかで、あほちんで、そしてたくさんの笑顔を、そして怒らせ、そして、ちょっと今、泣けてくる。
そんな子でした。
とてもとてもありがとう。
あるがうちに来てくれて、過ごした17年間。本当にありがとう。
そして、さようなら。
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