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いのとの別れ

君がうちに来たのは、もう13年前になるね。
ぎんさんが先にいて、でも仕事で帰りも遅かったぼくらが帰るととても寂しそうに啼くぎんさんに友達を作ってあげようと寄ったペットショップで君に出会った。
正直、今だったらペットショップには行かないだろうから、今だったら君には会えなかったんだね。
ウインドウの中のかわいい猫達がびっくりするような値段が張ってあって、ずっとノラ猫を拾ってきていたぼくにはよくわからない世界だった。
横をみると子犬達の方がいく分安い値段だったけど、店員さんにこう聞いたんだ。
「もっと安い子はいません?」
なんだか今考えると不思議な言葉だね。家族をお金で買うなんてさ。
でも、それで君に出会ったんだよ。
かがみこんだ店員さんが、がさごそと引っ張り出した段ボールの中に君はいた。
真っ黒で熊みたいで、そしてずっと変わらなかった笑顔で君はぼくらをみていたね。
それでもぼくは聞いたよ。
「おいくらですか?」
「5万円です」
「わかりました」
まぁいいかって値段だった。段ボールの中にいた君は売れのこっちゃうんじゃないかって思ったし、そしてやっぱり君の笑顔はとてもいい顔してた。
それに、当時の君はぎんさんよりも小さかったしね。

家に連れ帰った君は恐る恐る、そしてそのうち駆け回り始めた。
「名前なんにしようか?」
そんな話をしてた。
「熊みたいだからクマでいいんじゃない」
なんて言ってた。
そしたら台所で君は扉にゴツンと頭をぶつけてた。勢い余って突っ込んだんだね。
「いのししだな。。。」
「いのだね。。。」
こうやって君の名前は決まったんだよ。

始めてお散歩に出たことを君は覚えているだろうか。
大きくなってからは想像できないけれど、ケッコウ君は外にびびってたよね。
それでも、君はよちよちとぼくらの後をついてきたね。
排水溝の上の網を飛び越せずにずぼってはまったね。
それからしばらく、排水溝に近寄らなかったね。
近くの公園で、ぼくは特大のおにぎりを食べたよ。

お散歩に行く度にイロンナことがあったね。
はしゃぎすぎてU字抗に落ちて、でも、君は気にせずにU字抗の中をブラシのようにきれいにしながら走っていたね。

落ち葉の中が大好きで、あると一緒にかさこそかさこそと駆け回っていたね。
そんな時の君は弾丸みたいだったよ。

雪も好きだった。
だからサラリーマン時代のぼくらは雪が降ると会社を休んで、君を公園に連れて行ったりしたね。足が雪の冷たさで切れちゃって、雪に赤い足跡がついても、君は駆け回っていたね。
雪玉を投げるとくわえて持ってこようとするんだけど、結局噛み砕いて食べちゃってたね。

川に行った時は泳ぎはうまいのにへたれなあると違って、君は下手でね。
まるで溺れているようだったけど、果敢に泳いでいたよね。
川に投げ込んだ石を拾ってこようと探していたね。

海に行った時は砂が暑かったんだね。しゃがみこんじゃうあるを抱っこして海辺まで連れて行ったけど、君はそんなことものともせずに海辺まで走ってきて、そのまま海に入って行ったね。

大きくなってからは
「コリーですか?」
くらいしか聞かれなくて、
「かわいい」
って言われるのは大抵あるだったけど、小さな頃お散歩に出た時には
「かわいい」
って言ってもらっていたんだよ。

そうそう、仕事で遅くなったぼくをコンビニに迎えにきてくれた時があったね。そのままのぼり旗につないでちょっと買い物して、奥さんと出てきたら君ものぼり旗もなくなっていてびっくりした。
慌てて走りまわりながら君の名を呼んだよ。
「いの~」
「いの~」
って、そしたらタクシーの運転手さんが
「のぼり旗を引きずった犬が向こうにかけて行ったよ」
って教えてくれた。
そっちに走って
「いの~」
「いの~」
って声を上げたら、若いお兄さんが
「犬探してますか?」
って声をかけてくれた。
「はい」
「こっちです」
ってついて行ったら、君はお兄さんの彼女さんの隣にちょこんと座って笑顔だったね。

ドックランでダンダン飛び越える高さを高くできる台があって、それに挑戦させてみたら、迂回するあると違って君は1段、2段とジャンプして、7段も飛べたね。
でも、8段目はべたって段に張り付いて、ずり落ちたね。
ごめんよ。お腹抱えて笑ったよ。

どこまでも書いちゃうね。
書ききれないよ。

そんな君に心臓病が見つかったのは、うちに来て1年くらいだっただろうか。
ショックだったよ。
それに、そんな君を「売りつけた」ペットショップに腹が立った。
売買契約書かな。それには「不具合が見つかった時は交換します」的なことが書いてあった。
交換?
交換なんか出来るわけないよね。
君はもう、ぼくらの家族だったんだから。

お医者さんでは手術を勧められた。
もし、成功すれば健康な犬と変わらない生活が送れると。
ただ、大きくなりすぎていて失敗の可能性もあるってことだった。
費用はさ、50万円って言われたんだよ。
今ならどうしたかな。手術しなかったかもしれないよ。
自営業はさ、先が読めないしさ、そんなに貯金もないしね。何より、今なら、君の病気も自然のことだと受け入れられてしまう気がする。
でもさ、当時はやっぱり最優先だったよ。
君が長く生きて行けることが。一緒に生きて行ける時間が長いことが。
だから、君の手術をお願いしたんだ。

手術は2段階でね。
1度目がダメで開胸手術になったね。
あ、そうそう、手術前のレントゲンでさ。。。腸のところにコインの影が写ってて恥ずかしかったぞ。。。いつ食べたんだよ。あれ、10円玉かい?
胸を開いてね、ぼくらは上から見ていたら、君の心臓がみえた。
進んでいるのか、苦戦しているのかわからない時間の中で、急に君の心臓から1m以上血が飛び出した。
ぼくは終わったと思ったよ。奥さんもね。
後悔したよ。
これで君とお別れになるなら、手術なんかしなければよかったと。
そうすれば何年か一緒にいることができたのにって。

先生の的確な判断でその出血は治まった。
でも、手術は失敗だったね。
うなだれているぼく達に先生が深々と頭を下げてくれたよ。
もう、時効だよね。
だから言うけどさ、手術代。請求が来なかったんだ。
問い合わせることもしないでそのままにしちゃったけれど、タブン先生がそうしてくれたんだろうね。

手術が失敗で、ぼくらに残されたのは強心剤の投薬を続けるか、そのままにするかだった。
これも、今ならどうしたかな。
でも、当時は迷わなかった。強心剤を投与し続けることにしたよ。
最初はね、月に3万とか4万とかかかってね。でも、家族のためだって思ったよ。先生がダンダンジェネリックの安い薬を探してくれて、少し楽になったけどね。

どのくらいの期間だろうか。去年くらいまでは、それでも君は薬を飲んでる以外は健康で、イロンナところに行って、イロンナことをしたね。
ダンダン腹水がたまるようになったのは去年の今頃だっただろうか。

最初は利尿剤で何とかしてたけど、その頃には薬の種類も数種類になっていて、よくごちゃごちゃになったよ。
そのうち、あんまりにもお腹がパンパンになって腹水を抜くことにしたね。
最初は2週間に一度、最後は10日に一度になった。
腹水を抜きに行く時の君はイヤそうだったね。
しょんぼりして車の後部座席に乗っていた。
でも、わかるでしょ?腹水抜いた後は体が軽くなること。
だって、診察台から下す時に、各段に軽くなっていたよ。

腹水がたまるようになってから、君はドンドン痩せて行ったね。一番大きい時は16kgあった体重が、最後に測った時には11kgになっていた。
ぴかぴかしていた毛のツヤもぱさぱさになって、骨格がすべてわかるようになっていた。
筋肉も衰えて、弾丸のようだった君の走りをみることはできなくなった。
たまにそとを10mもよたよたと歩くくらいになっていったね。

それでも、君はいつもぼくらのそばにいてくれたね。
一階でご飯を食べる時は転げ落ちるように階段を降りてきた。抱きかかえてやろうかと思ったこともあったけど、足が萎えたらそれこそ行けないんじゃないかと思って、出来るだけ助けずにいたよ。
二階にぼくらが昇ると、えっちらおっちら昇って来たね。
たまに褒めてあげたの覚えてるかな。

ダンダンと目がみえなくなって、耳も聞こえなくなって、そして座るのも大変になった。
たまに発作を起こしたこともあったね。
「キャン!」
って言って倒れた時は、もう、これで終わりなんだって思ったよ。
しばらくすると起き上がって、ミッキーさんで遊んだりしてぼくらをほっとさせたね。

1カ月前くらいからだろうか。
君がどんどんご飯も食べなくなって行ったのは。
ぼくは冷たかったな。
「好き嫌いはダメ」
って言ってた。
奥さんの方が君のことをわかっていたね。
いつもイロンナ事を考えて、君のご飯を準備していた。
手からしか食べなくなった時も、いつも奥さんが君にご飯をあげていたよね。
少しは感謝した方がいいぞ。
ぼくだけだったら大変なことになってた。

君が倒れたきりになったのは1週間前の水曜日だった。
下しまくって、倒れて、また前足だけで歩こうとする君を、きれいにして、介抱してくれたのは奥さんだよ。
起き上がれなくなった君のおしめを替えて、水を飲ませてくれたのは奥さんだよ。
毎時間床ずれが出来ないように寝返りを打たせていたのは奥さんだよ。
ぼくも出来る時、できるだけ手伝ったけど、ぼくはとっても頭が下がるよ。
君だってそうでしょう?

水曜日に倒れて、そのままダメなんだろうと思って、その日はリアカーを休んだよ。
最後くらいぼくも一緒にいたかったから。
次の日も休んだよ。
一緒にいたかったから。

骨と皮になって、荒い呼吸を続け、下血の度に苦しみながら、それでも君は何日も何日も朝を迎え続けたね。

ぼくは辛かった。
そんな君をみるのが。
奥さんは辛かったんだよ。
そんな君とぼくをみるのが。
だから、安楽死の話もしたんだ。
でも、やっぱり出来なかったよ。
君は、ぼくらの前で生きていたからね。
ただ、生きていたからね。

辛い毎日だった。
ぼくは辛かった。
リアカーに出る時、イベントに出る時いつも
「また会おうね」
って君に約束した。
でも、その後に必ず付け加えた。
「無理しなくていいからね。もう十分がんばったよ」
って。

でも、君はちゃんと生きてぼくを迎えてくれた。

君のすごい生命力にぼくは今でも感動する。
心臓病なのに、あんなに強い心臓に。
生き続けた君に。
でも、ちょっとだけ願ったよ。
もういいよって。
ぼくが辛かったからだ。君をみていることが、看病することが。
ゴメンよ。

昨日、夜、奥さんと交代で君をみることにして、ぼくは先に寝たね。
そしたら起こされたんだ。奥さんに。
「たぶん、心臓が動いてない」
って。
君の心臓は止まっていたね。
昨日はさ、イベントでさ、朝から。
だからぼくは辛かった。
だからなのかな?
君はぼくが家にいる時に心臓の鼓動を止めた。

温度を失って行く君をなでながらちょっと泣いた。
そして、奥さんとビールを呑んだよ。
君を見送るために。

朝方、君を土に埋めた。
庭のね。
よく、飼い犬がなくなると「虹の橋を渡る」って言うよね。
でも、君は渡らない。

13年間の月日で止まった君との思い出は少しずつ、豊かになってぼくらの中で育まれ続けるんだろう。
昨日、君の写真を全部の1/3見ながらお酒を飲んだんだよ。
奥さんと。

そして、君の肉体はさ。
少しずつ土の中で生命の連鎖の中に組み込まれ、君だった肉体を糧にたくさんの命を育んで、そのうち、この庭からこの町へ、そして地球上に拡散して行くんだろうね。
たくさんの生命の形をとって。

羨ましいよ。
人間はさ、死ぬと焼かれて、生命の連鎖に入ることが出来ないんだよ。日本ではさ。
ホントは君もそうした方がいいのかもしれない。
でも、ぼくはそうしたかったよ。
君は命の中に返したかった。

ありがとうね。いの。
13年間の時間をぼくらと過ごしてくれて。
たくさんの思い出をぼくらにくれて。
命のステキさをぼくに教えてくれて。
ぼくは決していい人間じゃなかったと思うよ。君にとって。
でも、ぼくは君と生きてこれてよかった。
君に出会えてよかった。
君を看取れてよかった。
ありがとう。
ホントにありがとうね。

まだ、ぼくはしばらく、君の気配を感じるよ。
夜起きた時、君がそこにいるような気がする。
リビングに一人でいると横目に君がいる気がする。
ベランダに出ると庭に君がいる気がする。

ありがとう。いの。

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