Leave a comment

【ブランディングっていう言葉】

あんまり横文字でまとめちゃうのは好きじゃないんだけど、でも便利だからよく使っちゃう言葉の1つ。

後々がとても楽になるからお店を運用していく時にはとても意識することだし、特定のなにかを普及させたいって思った時にはとても大事になることだけれど、便利だから使われる言葉だから、とても多様な意味で使われているなぁと思うこともある言葉。
特にまちおこしだったり、お店を経営する時なんかでは「みんなでみんなに認めてもらう何かを作っていこう」的な言葉として「ブランディングしていこう」なんて言われることが多いけれど、ぼくの使い方とは大きく違う感じることでもあったり、ぼくの知識の範囲では本来の意味ともけっこう違う意味だとも思う言葉。

例えばだけれど京都って場所はブランディングがとても生きているって言われる。
一見するととてもそうで。
海外からも、国内からもたくさんの観光客がその場所に足を運ぶ。
この国の古くからの財産がとてもたくさん残っていて、それらと四季折々の風景がとてもマッチしていて見どころ満載。
そんな街並み、風景を残し続けてきたから。
そして、残ってきたたくさんの事柄の物語もまた残されているから。
だからブランディングができているっていう。
これは若干違和感のある使い方だと思う。

こういう感じで例えばこの街=青梅のブランディングを考え出すと、だいたい「豊かな自然」「歴史ある街並み」っていうあたりさわりのないキーワードが出てきて、やっぱり青梅はこれだよねって話になるけれど、これはブランディングではないかなぁとぼくは思う。

ブランディングができている状態っていうのを想像すると、自分が、もしくは相手が「似ている他とは違う」って思えていることであったり、感情的な思い入れが相手の中で起きていることであったりすることで、「選ばれやすくなっている」「商売だったら他よりも高額でも買われたり価格競争に参加しなくてすんだり」「宣伝にお金をかけなくてすむ」状態のことだと思う。
その際にキーワードになるのは
「対象となる誰か」
「コアになるコンセプトやモノ、コト」
の2つ。
ブランディングっていうのは「コアになるコンセプトやモノ、コト」を「対象となる誰か」にとってより価値あるものにみせるための、ぼくがいつも使う言葉だと「物語」を作っていくことだと思う。

京都の例でいうと、「対象となる誰か」が絞り込まれていないとブランディングされているとは言えなくって、そしてもうちょっと「コアになるコンセプトやモノ、コト」も絞り込まれていると、そこから学ぶことがたくさん生まれてくると思う(京都がブランディングできてないっていう意味ではなくて、京都ってブランドすごいよネ!って思った時にもうちょっと突っ込んで考えてみたほうがいいって話)。
例えばなんだけど、京都の出町柳駅周辺にはナミイタアレっていう小商いが集まった不思議な場所があったり(Cafeころんのモデルにしたとこ!)ちょっとややこしい古書店、Cafeなんかが点々としている地域がある。
大学に囲まれているせいもあるのかもしれないけれど、ここは大人になりきれない大人?なんかちょっとアナーキーな?モラトリアムな?なんつうか、そんな人たちがあちこちからやってくる。
ナミイタアレの歴史なんかは調べてもらうととても面白いんだけど、ここには運営されている方が意識されているかどうかは知らないけれど「コアになるコンセプトやモノ、コト」が濃厚に感じられる。そして多様な「対象となる誰か」も。

京都っていう街を大きくみるとボヤっとしてしまうけれど、その中にはこんな場所があって、だから人が集まってくる。ちょっと分解してみてみると京都っていう街のブランディングは小さなこういうブランディングの集合体なんだなぁってとても感じる。

だからブランディングを考えるならまずは「誰に対して」ってことと「コアになるコンセプトやモノ、コト」を突き詰めていくことから始まるんだと思う。
何かの実験であったけれど「made in Switzerland」って時計の裏に書いたら今までより結構高値で売れるようになったって話。でも、その時計自体が1日で5分、時間がずれるようなものだったらすぐに値崩れしちゃうように「コアになるコンセプトやモノ、コト」自体の「品質」や「独自性」やらはとても大事だと思う。
同時に「made in Switzerland」だからって10万円の時計をぼくに売ろうとしてもダメだ。
そもそも、ぼくは腕時計っていう身に着けるものが「身に着けられない人」だから。だから「誰に対して」っていうのはとても大切。

なので「コアになるコンセプトやモノ、コト」作りからブランディングって始まると思うけれど、街だったら街にある表層的な何かをちろっとのミーティングで組み合わせたり、抽象的な何かだったりからはコアになるコンセプトやモノ、コトは生まれないと思う。
ただ、それを考え続けて試作し続けてっていうプロセスからは生まれる可能性があるし、その歴史自体がブランディングになり得るとも思うんだけれど。

自分の店の話だと、ちゃんちき堂のシフォンケーキのブランディングはとても楽しい。
毎日の行商。
「ひみつ」っていうテーマ。
ぼくの病気の話。
「遠征」
「Cafeころんから始まる物語」
etc。。。

それら、それぞれには対象となる誰かがいつもいて、その人に向かっての物語を考えて、つづってやってみる。
ドンピシャな人がお客さんになってくれたら、とってもハッピー!しかもお互いに。
その繰り返しの毎日自体もまた物語になっていく。
ブランディングってそういうことだとぼくは思う。
あ、コアになってるシフォンケーキをぼく自身が「おいしい!」って思っているんだけれど、もちろん。
そうか、だから「楽しい」は続けられるから重要ダネ。

そんなことを考えて街をチキチキ5(リアカー)で流していると、やっぱりこの街にはこの街の素材があるんだなって思うなぁ。そして、取り組んでいる方がいるんだなぁって。豊かな自然ではなく、具体的な川の流れを。歴史ある街並みではなく「この家屋」を活かしながら、誰かに向かって。
まちおこしのブランディングなんていうのは、そもそも街は「イロンナ人が住んでいる」ことが前提だし、特定の何かに向かっていくための「組織」でもないから、多様なんだろうネ。
その中でちょっとたまに手を取り合ったりできることで、ちょっと大きなブランドが。
でも、街のそこここで起き続けるたくさんの「物語」と、それに共感するイロンナ人がいて。
「まちおこし」っていうキーワードを紐解くとき、役所も動いて、町ぐるみでっていうのもいいんだろうけれど、その前に必要なのはそんなことなんじゃないだろうかなぁ。
その中に、街として行っちゃおう!っていうものも生まれてくるかもしれないけれど、多様な物語が織りなされて、発信されていること自体が街のブランド=物語になるように思える。

この前、川越のイベントに呼ばれて一日川越にいたんだけれど、川越って街も有名だし、「一般的な観光客」も多いいけれど、そのイベントに出店されていたお店たちはそんな街の「裏通り」で商いを営む小さくて、とがってて、ほんわかしながらも個性的なお店たちで。
そこには「一般的な観光客の方々」とはまた違ったお客さんが3,000人も来ていた。
そのイベントが開かれている今から25年前の街からはじまる物語を聞きながら思ったことなのでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>