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生活保護

生活保護の引下げのニュースが流れている。
同時に生活保護を受けている方の「とんでもない生活」を暴く的な番組も流れていた。
ぼくらは社会的に弱いものや少ないものをいじめるのが好きなんだろうか。
だから、ぼくらは社会的に強いものに、多数のものになろうとするんだろうか。
実際にはピラミッドて一部の人しかなれないことなのに。。。

生活保護引き下げの理由は「それより収入の少ない人が増えてきたから」っていうのは本当なんだろうか。
安売り合戦のように負の連鎖の話にしかぼくには聞こえないのだけれど。。。

誰にでも働けなくなる瞬間があることをぼくは体験で知っている。
その時に、一息つける場所、時間、そして生活の保障があったら、そしてまた生業を得られるように見守り、応援してもらえたら、また働きだし、そして例えば「納税」という義務を通じて社会参加できることをうつ病を経てサラリーマンを辞め、闘病し、今、働いているぼくは体験で知っている。

多様であることの必要性をぼくは感じている。
この世界は「弱肉強食」などではない。すべてが連鎖し、つながる中で「適者生存」がこの世界の摂理だと思う。
ぼくら人間にとって、刻々と変化する世界、社会の中でどのような人が「適者」かどうかを予測し続けることは難しいけれど、多様であれば、その中の誰かが適者となり次の社会を作っていくのだと思う。
ぼくらの社会を続けていくために「多様であること」は大切なことなのだと思う。

今、この社会の中で働くことができない人がいること。
それは社会の不寛容の問題であって、その方の問題ではない。
その大原則がなければ「多様さ」というものは維持できないと思う。

100人いたら1人くらいずるっこが出てくるだろうと思う。
それを許さないために、本当に必要な人に手を差し伸べる制度設計を歪めることは「多様さ」の否定であり、寛容さの欠如だとぼくは思う。
今、この瞬間ぼくらの社会の持続可能のために大切にすべきは社会的に「弱い」人を守ることであり、「少ない人」を尊重することだ。それが多様性を守ることにつながっているのだから。

今、この国の政治が行っているいくつかのことはぼくの原則の逆だと何度みても思う。
税金はたくさん持っている人から取り、社会保障や様々な形で「持っていない人」に再分配することが基本だと思う。
もし、そうでないならば、税金という仕組みや「国」という仕組み自体の必要性がなくなってしまうとぼくは思う。
より、たくさん儲ける、力ある個人や企業が好き勝手やってよいなら国という仕組みはいらない。
富の再分配機能を果たさないなら「国」という仕組みはいらなくなってしまう。

もし、生活保護という仕組みよりも低い収入で暮らす人が増えているならば、それは「問題」に対して有効な手を社会や行政が果たし切れていないことの結果であり、みなが金銭的に豊かに暮らせる仕組みを作ることこそが役割になるんじゃないだろうか。減らすことではなく。
まだ一度もぼくらの国に落ちてきていないミサイルとやらを打ち落とすために何百億、何千億というお金を使う前に、実際にぼくらの国の土地に落ちてくる同盟国の飛翔体が落ちない仕組みを作ることなんじゃなかろうか。
「人為的なミスで落ちてくる」ヘリコプターの窓をつけて飛んでいることを許さないことにはそんなにお金はいらないだろうに。
中古でぼくがあちこちぶつけてべこべこのうちの車の窓だってまだ落ちたことはない。

たくさんの国々に「援助」という名前でお金をばらまいているけれど、それは本当に援助なんだろうか。「貸して」いるんじゃないだろうか?
本当にその国の人々が望むものに、その国の企業を通してわたっているんだろうか?
どれだけの資金がこの国の企業に流れて、どれだけの資金がその国の一部の人の懐に流れ込んでいるんだろうか?
そして、そんな資金を「その国」が返済するために土地を追われ、安い賃金で働かなければいけない人を、そして環境の破壊を生み出してはいないんだろうか?
そしてその資金はぼくらの積み立ててきた年金だったりしないんだろうか?

この国では株価を維持するために、ぼくらの年金がつぎ込まれている。
今後上がっても売り抜けないお金だ。この国が売り始めた時点で株価の暴落を招くだろうから。
儲からない投資だ。
みんな年金をあてにして、儲けては売りぬいていくから。
それが景気がよくなったということなんだろうか。
では、なぜ、生活保護以下の収入で暮らす人が増えているんだろうか。

じゃぶじゃぶと「円」という紙幣を刷って、国際的な円の価値を落として「円安」になったおかげで輸出企業は儲かっているという。
でも、実際には大企業のほとんどの生産拠点は海外で、企業価値は増えても輸出量は増えていないそうだ。
代わりに輸入している生活資源は軒並み値上がりになって、物価も上がった。
物価が上がる=インフレ目標というのは景気が良くなった結果「高いものが売れるようになる」ことで、通貨の価値より物価が上がるスピードが高いから、今のうちにお金を使おうとお金が回って景気がよりよくなる。そのための目標であって、物価だけ上がってしまったらそれは「不景気」っていうんだと思う。
ぼくらの使えるお金はむしろ減ってしまったんだから。
だから生活保護を下回るって話が出てくるのであろうから。
そして、相対的貧困率は横這いだし、ひとり親の家庭の5割が貧困っていう。。。

たっくすへいぶんとやらにはこの国の著名人、大企業の名前が並び、その規制に歯止めは効かないままだけれども。

ただ、こういったことを「間違っている!」という人がいるけれど、それは根拠次第で違うと思う。

ぼくにとっては「間違っている」ことだと思うし、そういうことなら=社会的、経済的に力が強い人や組織が弱い人、少ない人を守るっていうことと逆のことばかり=やるなら「国」っていう制度はいらんわなぁ。。。とは思う。
それなら、ないのと一緒なんだもの。強い人や組織が一方的に勝てばいいなら。

ぼくらの社会が続いていく。
今の若者や子ども達が大きくなった時に、その彼らの多くがマイナスの財産や環境を背負わずに、より多様な社会=持続可能性の高い社会を作っていくためには、やるべきことが反対だとぼくは思う。

だから、来年も小商い屋で田舎のシフォンケーキ屋として、自分が暮らしやすい街作りをしながら商いをやっていこうと、そう思うのだけれど。

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