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【出版物が消えるということ】

とても差別的な発言を繰り返していたとぼくは感じている国会議員さんの擁護をした月刊誌が休刊となったらしい。

たくさんの抗議が集まったんだろうし、その雑誌、出版社の発行物を置かないと宣言する本屋さんも現れ、執筆者もずいぶん離れることを宣言したって聞いている。どれもぼくもそうするかなぁって思うようなことなんだけれど。

「言論の自由」って言葉は無制限なものじゃないもの。
権力を持つ相手への批判に対して、権力にいる側が制限を設けちゃダメだよっていうのがこの「自由」の意味だと思うもの。
「表現の自由」は「個人の尊厳」を冒さない限りにおいて無制限なものだと思う。
この件の中心にいる議員さんの発言はその点で「言論の自由」に守られるべきものではないし(与党の議員さんだものね)、「表現の自由」に守られるものでもないと思う(特定の個人を傷つけるものだとぼくは思うから)。
こういった表現を出版社が出版することについて、批判があることは当然のことだと思うし、ここからホントにみんなで考えた方がいいことだと思っていた。
「言論の自由」ってなにさ?
今って言論の自由って守られているのか?って。
報道の自由度が年々下がっているこの国において。

「表現の自由」ってなにさ?
って言葉についてもおんなじだと思う。
権力を持つ側の主張によって、マイノリティ(少数派)が傷ついたり、抑圧されたりしてないかって。

でも、そのことなしに、この雑誌が休刊になることはぼくはちょっと怖いって感じた。
なんとなく、「自分と違う意見のもの」を叩き潰したぜ!って雰囲気を感じるからなんだろうか。
なんとなく、「大勢にたたかれることはやめよう」って雰囲気を感じるからなんだろうか。

ぼくは民主主義って大事だと思う。
そして、民主主義の大事なことは多様であるぼくらが話し合うってことを大切にすることだと思う。
感情的な大多数によって、萎縮する前例が作られていくことではなく。
特権を求める少人数によって、ルールが捻じ曲げられたり、新たなルールがどんどん作られることもなく。
ご近所さん同士でも話し合うのがめんどくさいから、お役所に訴えたり公権力を使ったり、メディアが動いてルールが増えることでもなく。

この出版物がどういうものだったのかぼくはあんまり知らない。
でもずいぶん長い歴史をもった雑誌だったみだネ。
その間にぼくがもしずっと読んでいたら、「へぇ」って感心することもあったのかもしれないし「おいおい」って思うこともあったのかもしれない。それは違う価値観の人が読んだら全然違う反応になり。

そして、商売において売れないものが淘汰されることは、まだ許容できるけれど。
この雑誌が休刊になったことは、それとはちょっとだけ違うように思えて、ぼくはちょっと怖いって感じてしまう。

「休刊にしてやったぜ」
ってなっちゃうとなぁっていうのと。
「検証するのではなく、休刊を選ぼう」
っていうのはなぁ。。。
っていうことなんだろうか。
もやもやしたまま、まとまらないけれど。

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