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埋め立て

沖縄の海岸に広がる海に土砂が投入されていく。
ドローンなんだろうか。空中からの映像に広がる青と緑と白が水平線までつらなる海に茶色の土砂が広がっていく。

衆議院選挙でも、この前の知事選挙でも繰り返し「この海に基地を作ることはいやだ」という投票結果が出た自治体の風景とは、どうにも信じられない。

この国の与党と呼ばれる政党とそこから選ばれた行政のトップたちは、たくさんの法案を短い審議の中で「強行」にそして「強硬」に採決してきたけれど、その一番の論拠は「選挙で選ばれたんだからなにやってもいいんだ」だったんじゃないだろうか。
沖縄という県では同じように繰り返し繰り返し、選挙で選ばれてきたこの意見を無視する「この行為」に、ではどんな論拠があるんだろうか。

「この国を守るためだ」
「国防のためだ」

そんな声が吹き荒れる。
でも、そのどれか1つとして、本当に「この国に住む人の生活を守る」ことを俯瞰的に、全体的に考えている論拠をもっているものがあるだろうか。
「どこそこの国が攻めてくるかもしれない」
「こういう場合はどうするんだ」
なぜ、そうなるのかの根拠も怪しい1場面1場面を切り取って、「こうなったらどうするんだ!」っていうのは守るってことにはならない。

本当にその国に住む人の生活を守ろうとした時に、なぜその国の農業、畜産、漁業といった「衣食住」に関わる生業を守り、そしてその国の中で資源を循環させ、自給していくことを推進しないのか。そのためにぼくらの払う税金を使わないんだろうか。
多くの国では食糧自給率をあげるためにたくさんの税金が使われている。
それは、どんな場面であってもその国に住む人が飢えないようにするためじゃないんだろうか。
種と水と漁業権をこの国で生業として営む人から取り上げて、海外製のみつばち殺し薬と一緒に「解放」しながら
「攻めてきたらどうするんだ!」
って言われても、何と何を比べているのかぼくにはよくわからない。

エネルギー資源の自給を目指すような政策がとられているだろうか。
大事故を引き起こし、その燃料は相変わらず輸入に頼り、廃棄物の処理方法も決めることができないような発電所ばかりが次々と再稼働し、森林資源を切り倒してソーラー発電を行うようなよくわからない開発が行われ、せっかく集めた汚染土をもっかい全国にばらまけるようにしようとして、ついでに海外の汚染物質まで引き受けようとしちゃうことは、この国に住む人たちの「居場所」を奪う行為ではないんだろうか。
それと
「攻めてきたらどうするだ!」
はいったいどのようにリンクするんだろうか。誰も攻めてこなくても、ぼくらの住める土地は日々浸食されようとしているんじゃないだろうか。

より、お金を持っていない人から多くの割合で税金を取り立て、より多くのお金を持っている人は恩恵をたくさん受ける。
そのための税制を進めていって、社会保障という一番の公共事業は削減していく。
貧困率は上がり、相対的な貧困ラインは下がり、この国を本当に守ろうと思うならば有意な人材がたくさんいるかもしれない若者たち、子ども達のチャンスを狭め、何を守ろうとしているんだろうか。

鋼鉄の「国防」という言葉のほんの最終局面の一場面の時にしか役に立たない「武器」を買いあさり、もしかしたら地盤がずぶずぶでその一番でさえも役に立たないかもしれない「基地」のために海洋資源の塊のような海に土砂を流し込む。
一方で、お金をばらまく以外の外交努力はどれだけ行われているんだろうか。
他国の外交官、メディアとこの国の政府が発信する言葉がこんなにも違うのはなぜなんだろうか。

「国防」という言葉の定義を明らかにしてほしいと、とても思う。
おそらくは同じ言葉であってもぼくのイメージとはずいぶん違うものなんだろうと思う。
この国に住む人、少なくても「ぼく」を想定できるあらゆることから「守ろう」という意味ではないのだと、ぼくはそう、感じている。

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