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あるジャーナリストの帰国

3年もの長い間、ご自身の意図によらない拘束にあい続けていたジャーナリストの方が帰国される。
無事に家族の元に帰れることを、心から心から祝いたいとぼくは思う。
生きていること、そしてご家族とお会いできること、そしてもしかしたらまたお仕事を続けられること。
それはとてもステキなことだと思う。生きているぼくらみんなにとって。
傷ついた心を癒す。
その時間を大切にしてほしいと勝手に思っている。自分であれば耐えられない時間と環境を想像しているからだ。

そして、この国から遠い、そして危険と言われたその場所にも人が住み、社会を作り、文化が育まれていたその場所が、こんなにも危険な場所になってしまっていること。その事実を世界に伝えようとする仕事に就かれていた方であることを尊敬したいと思う。
ぼくらの住んでいる場所がもしそうなった時に、ジャーナリストに来てほしいと思うから。
世界に向かって「理不尽」を伝えること、危険を顧みずに誰かが生活し、生命の危機にある場所に事実を探しに行く仕事に就く方がいることはぼくらみんなにとって大切なことだと思う。

同時にぼくらの世界からテロリストとよばれる集団に属する人たちが、そのような手段に訴えることになった歴史と今。
それを解き明かすのはたくさんの事実の積み重ねを分析する歴史という概念と、今を探るジャーナリズムの2つであると思う。
相手をカテゴライズし、否定し、武器によって更なる憎しみを生み出す行為ではなく。
人が人を殺め、文化を破壊し、社会を崩壊させるすべての行為を否定し、そして生命が保てる平和を作っていくためには、それこそをぼくらが知る必要があると思うからだ。

自らのテリトリーから出ていって被害にあわれることを「自己責任」とよび。
自分の価値観とは違う世界を理解することなく「危険地帯」「テロリスト」などのカテゴリでくくり、その世界に「生きる」人々に思いを馳せることなく、殻にこもる。

そこからは多様性も民主主義も生まれていきはしない。
そして、その方の人生も歴史も知らないけれど、その命が無事であったことを祝う。
そういった肯定からじゃないと知らない何かを理解しようという想いも湧かない。
そう思うからだ。

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