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【小商いと規制】

ちゃんちき堂とそれに関わるイロンナことを初めて感じることなんだけれど。。。
そして、今、この国があの国の「だいとうりょうこうほ二人さえ反対している」「TPP」とやらのぐろーばるな規制撤廃に熱を上げてることを横目にみながらなんだけど。

今、地方は過疎化に向かっているんだとリアカーを引きながら毎日のように感じ、そして思う。
ぼくがいつもスタートするcafeころんの周りには今日も数店舗の「ご愛顧ありがとうございました」「閉店sale」の文字。そして、シャッターの下りた街並みが続く。

それでも、新しいこと、新しいお店を始めようとこの街でも数店のお店が開きつつ。
自分もまた、その一人でありつつの話。

「新しいお店」「新しいこと」を始めようとすると必ずぶつかるのが様々なこの国の規制たちだ。
映画館をつくるためには「新しい建物」「ものすごく厳しい防災基準」「よくわからないくらい細かな衛生基準」が立ちふさがる。
駅前は防火地域だということでさらにさらに。
きちんと営業許可を取ったとこで作ったお弁当を、衛生講習で習ったことを満たした形で販売しようと思っても、さらに別な規制がかかる。
とある免許を取るためには購入する設備のメーカー、型番まで決まっていて(それ以外の物は審査に回されものすごく時間がかかる)非常に高くつく。
たまに安い製品があっても、それは「製造中止」になっていて新しいバージョンのものは「許可が下りてないから」「不可」になったりする。
さらにはイベントの「あり方」「名前」にまでそれは及び、みなの憩いの場であるはずの公園でぼくらは市を立てることもできない。この街の市民であるのに。

わかっているだろうか。
この規制を作っている人達は。
昔、可燃性の高いフィルムで上映していた頃と今では技術が進歩していることに。
大規模な興業場などが過疎化が進む街では必要とされないことに。
鉄とコンクリートをふんだんに使った都内にどこにでもある建物ではなく、その土地にあるものを活かして作り上げることの新しさを。
そして、新たなる投資量に見合わないマーケットだからこその「過疎」であることを。

空堂二号店をオープンして、肌で感じていることがある。
「半年に一度しか買わないかもしれないけれどお醤油を置いてもらえてうれしい」
という声。
「胡麻ドレッシングが欲しい」
というたった一人の声。
「いつもコンビニばかりだったから手づくりのお弁当を食べれてうれしい」
という声。

週末に食べ物の買出しに行くことが多いそうだ。
でも、重いお醤油やなんかは持って帰るのがしんどかったそうだ。
無料送迎バスがあったとしても、そこからの歩く距離を運ぶことが。。。
コンビニがあるからお弁当で済ましてしまうことも多い食生活の中で、そういった重い調味料はめったに買わなくなるけれど、あるとうれしい。もし選べるなら選びたい。
そんな声。

こういった地域が今後増えてくるんだと思う。
その時に、
「じゃあやろうか」
って気軽に商売を始められたら、そこは買い物困難地域とは言われないんじゃないだろうか。
今、過疎化が進む地方には実は「小商い」のチャンスがふんだんに転がっている。
大手企業が撤退し、コンビニでさえまばらにしか存在できないような地域には「小商い」がよく似合う。
初期投資が1,000万かかる商売と、100万円かかる商売と、10万円かかる商売は全然リスクが違う。当たり前のことだ。
初期投資を少なく、そして小さな販売チャンネルの中で、対面しながら複数のチャンネルを持ちながら、こつこつと工夫を凝らし、生活の一部は物々交換であったり、自給自足であったり。
そして、そんな小商いが網の目のように立ち上がってくると、そこからとがったお店が生まれたり、とがった商店街が生まれ出てくる可能性に満ちている。
そんなことを感じながら、ぼくは毎日リアカーでてくてくと歩く。。。

「小商い」は過疎化の進む地方が元気になる処方箋の一つになりえると思うんだ。
そこにしかない何かを生み出す力を「小商い」っていう形態は持っているからだ。
だってリスクが小さいからこそたくさんの人がトライでき、いわゆる小さな小さなブルーオーシャンであるからこそ(青い池みたいなもんだけど)手仕事と仕事を見つめる時間と対話の機会に恵まれ独創と工夫のチャンスと自由があるから。。。

だから、その時に高い壁になるのが「初期投資」だ。
「初期投資」には様々なものがある。地代家賃もそうだし、「規制」のために必要になる設備投資もそう、「免許」のための費用もそう。

すでに全国津々浦々を同じ基準でカバーするなんて発想の時代は終わったんじゃないだろうか。

とある役所の人が言っていた
「他の人はちゃんと投資しているんですから」
そう言い放ったお役所の人が見ているのは、この地の生活じゃない。
都内の事例を引っ張り出してそう言っていた。
ここは都内じゃない。
どんなに高い地代家賃でもひっきりなしにテナントが入り、人通りがあって、投資に見合う可能性に満ちている土地じゃない。

「ないものを補うためにこそ」「創意」と「工夫」は生まれると思う。
「お金がないから」「人通りのいないところではじめる」からこそ。
「お金がないから」「路上」「軒先」「ではじめる」からこそ。
「お金がないから」「小商い」は楽しくなるんだ。

言葉は好きじゃないけれど「地方創生」というなら(元々都会に対して地方とよばれるけれど、青梅だったら青梅って土地はずっとあるんだから創るなんて失礼な!って思うけれど)、補助金つけたり助成金つけたりだけじゃなく、その地にあった規制緩和をして欲しいって思う。
「その地にある材を使うことができるように」
都市ではないからこそ、対面とコミュニティの残っている地方だからこそ「不特定多数」の概念を変更できるように。

そして、一つ一つの事故が起きる度に全国で商売を締め上げるのではなく。
有名無実化してお役所の体面を守る以上の意味を持たない細かさではなく。
実質的で有効的な規制。

一般的に企業で行われているようなリスク評価を使えれば、それほど難しいことじゃないんじゃなかろうか。。。と思うんだけれど。。。

ぐろーばるなんちゃら目指した「TPP」みたいなことで、大きな特定の営利団体の意思が民主的に選ばれた人と民主的に納められた税収を運営する団体より上に来るようなことなんかじゃなくて。
「小さくて」だからこそ「多様」な商いを生み出すための規制緩和をして欲しいなぁ。

いちおくそうかつやくとか言うならさ~。
緩和するだけなら補助金やら助成金放り込むより安上がりじゃなかろうかなぁ。
ついでに「お金」つかないとできないとか、「お金」がついたからにはなんとか使わないとみたいな無駄使いもないしさ。
その分、きちんと自己責任だったり、本当のリスクの教育は必要だと思うんだけれど。。。
どうかなぁ。

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