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松元ヒロさんのライブに行ってきました

もう、風邪が治らなくて。。。
ぜんぜんブログも書けないし、時間があれば横になってるんだけどなかなか治らない。
もういいだろって思ってチキチキ5(リアカー)行って、やっぱり調子悪くて帰ってきて。
そんな毎日だったのに、昨日松元ヒロさんのライブに行ってきました。

「パントマイムみたい」
って言ったら誘ってもらったのです。どこの誰かも知らないけれど、ちょっと辛口で笑えてすごくいい!って言うから奥さんともども見に行ってきました。

今朝はまたまたダメで遂に?病院に行って薬もらってきて、今日ももう寝なきゃなんだけど、忘れないうちに書いておこうって思って。
風邪はいつでも治せるけれど、忘れちゃうと書けないものね。

印象に残ったこといくつか。。。

その一。
パントマイム見に行ったわけじゃない?
なのにしゃべりまくるの。
もう、すごいマシンガントークで。
あれ?あれれ?
奥さんがきょとんとこっちみるのさ。
「いや、多分しゃべるパントマイムもあるんじゃない?」
でもね、ちゃんとありました。そして、ただのパントマイムじゃなかったのね。

その二。
辛口で。政治ネタが多いの。政治ネタって当然視点があるから、最初違和感。
なんかさ、保守とか革新とかあるでしょう。保守の人の集まりだったら「革新のやつらわさ!」「あはは」みたいになるし、革新の人の集まりでもそうなるでしょう。
そうすると違和感感じるのさ。
なんかね、内輪で盛り上がってもその主張は外に広がらないかもって思って。余計なお世話なんだろうけど。

といいつつも、日ごろおかしいって思ってることを軽快にユーモアたっぷりに、顔まねなんかが入ってやられちゃうと笑っちゃうんだね。これが。
ヨーロッパでも、アメリカでも、政治はお笑いのネタになるんだって。だから芸人さんもドンドンやるんだって。
政治が身近にあるってことなんだろうね。
でも、日本ではまったくない。それはおかしいって言ってた。
それはそうかも。
不思議だよね。自分たちの生活をよりよくするための代理人たちが身近にいないなんてさ。
お金預けて、預けた人知らないって感じっておかしいことなんだなぁ。

その三。
とってもとっても笑いました。
もう、笑いっぱなしでおなかイタイ。風邪でのどイタイのに笑わせるんだもの。もう苦しかった。
生だから?
それだけじゃないなぁ。よくわからないけど、間も迫力も、全部でおもしろかったなぁ。

その四。
印象に残ったいくつかの話。
「慣れちゃいけないんですよ」
都会に住んでると空気が悪いのにいつの間にかなれちゃう。
税金がなんでかわかんないけど上がってもいつの間にかなれちゃう。
あの震災も、原発事故も、放射能のことも、身近のことじゃなくなっちゃう。
「慣れちゃね」
「いけないんですよ」
そうだよね。

政治が身近に感じられないこととも重なるけれど、さっきの保守やら革新やら、他にもたくさんのカテゴリがあるんでしょう?富裕層、中間層、貧困層とか。
イロンナ区分けの中で、そのカテゴリの中でみんな「よりよくなりたい」って思ってやってるじゃない。政治も、経済活動も。
その中で無関心な。慣れちゃった人が多いカテゴリはさ。絶対悲惨なことになっていくよね。
だって、他のカテゴリの人は一生懸命やってるんだもの。
自分の会社の税金払わないために、たくさん献金したりとか。
天下りするために、組織作ったり、ポスト作ったり。
人のお金で公共事業たくさんやって、組織票まとめたりとか。
「朝から晩まで一生懸命」な人と、「無関心」な人が対立したら、そりゃ一生懸命が勝つわなぁ。。。
って、しみじみ。

後ね、福島菊次郎さんって方のドキュメンタリーの話が一つのネタになってたの。
この人、ぼくなんかで読んで知ってたんだよね。
でも、イメージが全然変わった。違った。
文章で読んだものと、ヒロさんが語りかけ、感情を混め、そして動きで伝えてくれるものは、それはもう違った。
とてもとても違った。

イロンナ話があったけれど、一つだけ。
福島さん。たこつぼに入ってたんだって。終戦間際。徴兵されて、やったのはたこつぼを掘ること。そして、そこに入ってじっとしていること。
「本土決戦」
って言われてて、敵の戦車が上陸してきたらそこにじっと隠れてて、近づいてきたら火薬を抱いて突撃するために。

訓練したんだって、戦車はなくってリアカー相手に。

人の命をね。
そんな簡単に消費してしまうような作戦の訓練がリアカー相手。
滑稽で、そしてぞっとするよ。

広島の部隊だったけど、九州に行ってその訓練。そしてその間に広島に原爆。そして終戦。

その後に日本国憲法が誕生した時、それを読んで、そして感動したって言ってた。なんてすばらしんだろうって。それはたこつぼにもぐって、じっとしていた人が感じたことだから重い。自分の命を武器に滑稽な訓練をして、相手を殺そうとしていた人が感じたことだから重い。

そこから菊次郎さんの壮絶な話が始まったんだけど。それは書かないのデス。
ちょっと書ききれないのです。

でね。
世界に先駆けて、戦争という人を人が殺しあう国家間の手段を放棄するとうたった憲法、それに頼らずに日本という国がよりよいものであること、世界の国々と協調していくことをうたった憲法に感動したことは重いと思うなぁ。

ぼくも中学校?高校?の時に日本国憲法の前文を暗記する試験があって、読んでて、普通にあらいいこと書いて歩きがするなんて思いながら読んじゃって、結局全部読んだんだけど、また読んでみようかなぁって思ったよ。

「国を愛せ」
ということと
「故郷を愛おしく思うこと」
は違う。

自分たちの住む土地、家族、社会、文化、習慣、そして経済活動を守ろうって思うのは自然なことだと思うけれど、それは
「国を愛せ」
って言うこととは違う。

たいがいこういう時の「国」はぼくらのことじゃなくて国家機能とそれに群がるイロイロなものと、あとよくわからない抽象的な「国」だと思う。

国という概念は少なくともぼくにとってはぼくの人生とぼくの家族の人生、社会、生活を守るために存在する機能であって、ぼくにとっての道具だもの。まぁ、うまく使いこなせない道具であるけれどね。
ぼくの育った風景、故郷、思い出。
そんなものとは別のもの。

そのぼくらに従属した機能同士の調整のために、戦争というぼくら自身の生命を奪い合う行為を使うなんてナンセンスだよ。だから戦争放棄はとてもすばらしいと改めて思った。
菊次郎さんの話を聞いてね。

憲法は絶対なものじゃないと思うから他の法律と一緒に時代に合わせて変わって行っていいと思うんだよ。
でもね、ちゃんとみんなで読んだ方がいいよね。その中身をさ。
その中で大切にしたいと思ったことは変えちゃダメだし、もっと大切にできるように変えた方がいいんだろうね。
そして、戦後、たくさんの辛いことのあった中で生きてきた、今のおじいちゃんやおばあちゃん達が、その文章を読んでどう感じたのか。それは知っておいていいことなんだなって思ったよ。

じゃあ、相手が攻めてきたらどうすんだ!
そうさせないことが外交だし、そのために税金払ってるんだよ。国家機能にさ。
そんな最後の手段まで無為無策でいないためにね。
それに相手って誰さ。絶対そこにはぼくらと同じような人はいても、実際に戦争したがってる人はいないんだよ。戦場にはさ。
そんな滑稽で残酷なことはあってはいけないんだとやっぱり思うよ。

あ、それにしても、こんな重い話も含めて笑いの中で伝えてくれた松元ヒロさんてひとは、とてもすごい人だと思ったよ。

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